
紅葉のベストシーズンに現存天守を巡る四国観光旅行に行ってきたというタイトルのブログもその19まで続いているが、実際の日程上は三重県を出発して今日で5日目の朝を迎えたところだ。
今日のスケジュールは、次の通り。
5日目 琴弾公園見学
特急しおかぜグリーン車で観音寺を9:53に出発し、
10:08に多度津着
ホームにて観光列車見学
11:41に大歩危着
大歩危観光
観光列車の四国まんなか千年ものがたりで
19:23に松山着
松山宿泊
今日の行程は見てのとおり、無駄が多い。観音寺を出発して多度津で乗り換えて大歩危へ。大歩危からまた多度津に戻り、もう一度乗り換えて今度は観音寺を通過して松山に行くというルートになる。
どうしてこんな行程になったのかというと、以前書いたように、本来乗りたかった多度津から大歩危までの観光列車が満席で取れなかったことによるものだ。松山に到着するのが遅くなるけど、観光列車に乗車という目的は達成しているので、これはこれで良しとしよう。
朝7時に起きて、ホテルの朝食会場に向かう。





朝食後、タクシーを使って銭形展望台へ。かかったタクシー料金は1,150円。一人でタクシーを使うのは無駄だと思うので普段は利用しないのだが、10時前には観音寺駅を出発する列車に乗るため、歩いて展望台まで行く余裕はなかったのである。
で、展望台からの風景はこんな感じだった。


説明板には、『寛永10年(1633年に)に藩主生駒高俊公が領内巡視の際、地元の領民たちが藩主歓迎のため、有明浜に銭形の砂絵「寛永通宝」を一夜のうちに作りあげたと伝えられています。山頂から見たときにきれいな円形に見えるように、東西122m、南北90m、周囲345mの縦長の楕円形になっています。』と書いてあり、やはり山頂からの眺めが一番綺麗な円形に見えるようです。
とはいうものの、『永』と『通』は割とよく見えたけれど、『寛』と『宝』は分かりにくかったです。この年の秋の砂ざらえは10月29日だったようで、私が行ったときにはまだ整理されてから一か月も経っていなかったので、崩れていたわけではなさそうです。やはり光の加減で陰影がはっきりしなかったのかな。ちなみに、『宝』という漢字は、『寶』で作られているんでしょうかね。

なにはともあれ、見た人は長寿とお金に不自由しない運に恵まれる、と伝えられている銭形砂絵を見ることができたので、私の老後は安泰だと思いたいw
ちなみにテレビ時代劇『銭形平次』のタイトルバックにも使用されていたそうだが、時代劇って見てないしなー、知らないわ。同じ銭形でも、ケータイ刑事の銭形舞なら知っているのだが・・・堀北真希、可愛かったなぁ。

さて、山頂から見た砂絵を地上で見たらどう見えるんだろうという好奇心から、浜に降りてみることにしました。






さて、ここから歩いてホテルまで帰ります。

大平正芳記念館っていうのが気になりましたので調べてみたら、やはり香川県の現観音寺市出身のかたでした。
大平さんといえば、内閣総理大臣を務められたかたで、衆参同日選の選挙戦中に倒れて亡くなられました。現職首相の死亡は戦後初めてというので、ニュースで大きく取り上げられた記憶があります。
そんなことを考えながらてくてくと20分余り歩いてホテルまで戻り、荷物を持って駅に向かいました。


その20に続きます